何事においても親として子が有意義な人生を送ってもらいたいと思うのは言うまでもないことだろう。
私はピアノの指導をしているわけだが、大切なお子様をお預かしている身・・。それぞれ持っている資質は十分に吐き出せるようにしないと、大げさに言うと指導者として資格がないことになる・・・。
自身、経験だけは積んでいることもあり、素質についてならレッスン1,2回もすれば十分わかる。
特に5,6歳で特別な資質を内蔵させている場合には”あらっ”が見えてくるもだ。なかには親ばか丸出しの場合も無きにしも非ずだが・・。
しかし最近思うことの一つに、ピアノ指導の際、バランスが取れてくるまでは資質が見えにくい場合もある。特に男子の場合、小学高高学年あたりからふかふかでコントロールの利かない指質でも筋肉が付きやすいだけに、ストンとある時期が来ると抜けてくれる。女子の場合にも同じくだが、より男子の方が顕著。
つまりコントロールの利く指になって初めて、それぞれの音楽のあり方(背景に基づいた作曲家の求められる音色や、アーティキレーションや独特のリズム表現&そのハーモニー感を全体の構成の中で活かす)これは私が指導する時の昔からの持論・・。フレージングや部分部分のモチーフの内容&音色を表現するには、かなりの指のコントロールが要求される。
より深い音楽の構築が可能になるには、コツコツと正しく訓練を積み重ねていく必要がある。その方向性さえ間違えなければ、準備には3~5年ぐらいかかるが、コツコツと積み重ねることが絶対に必要・・。
それを感じてここ数年・・レッスンの開始前にセットレッスン(15分〜20分ぐらい)と称して、何があろうとも(コンクール直前であろうとも)それをやり終えない限り曲のレッスンには入らず・・を実施しているが、この効果がやっと出始めたようで、ここしばらく緊張を解かずによりグレードを上げるべく一歩一歩・・。
指導者は地味な仕事・・。それぞれ上手に音楽が表現できるようになれば、後は芸術の世界・・。より芸術的な緊張感を表現するにはどうしたらいいかを指摘していくのみ・・・。
こちらもその辺の追及は密かに積んでおかないと、指摘することもできない!それでは指導者失格!
”芸術の形は根本は同じでも出てくるものは一つでない”・・これも私の持論。
より高い芸術性を求めて世界に出て見聞を広げながら研鑽をつむことは、絶対に必要だろう。演奏家や芸術家になるためには欠かせないことと思う。そのためには各人の芸術をより高度に引き出してくださる教授に巡り合うことも重要な要素だろう・・・。
過去何人も弟子だった人たちの様子を見てつくづく感じることなのだが・・。
この巡り合いも運が左右するのかもしれずだが、本人の適当な前向きさや運も必要なようだ。
私自身の中でも今出来きていることでも20年前・・いや10年前には出来なかったこともある。つまり指導者も前進しなければいけないということか・・。